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じぞくのコラム Vol.3 「let It Go」

こんにちは、大泉寺寺族の奈美です。

前回のコラムで、私が仏教に興味を持ち始めるきっかけとなったエピソードについて書きました。

私は寺族としてお寺に住んでいますが、熱心な仏教徒とは言えないと思います。

以前はちゃんと勉強してちゃんとしたお寺の奥さんにならなくては! と肩に力が入っていましたが逆に何も身につかず、お寺に住んでいることを申し訳なく思っていたりもしました。

ちゃんとしなくてはと思えば思うほど苦しくなって、お寺や仏教から自由になりたーい!!と思って本を読んだり人に会ったり、色々な考えに触れました。仏教で苦しくなるなんて、仏教ってお寺って一体何なんだろうと思っていました。

そしてあちこちあれこれさまよった結果、これだけお寺や仏教に興味がなかった人間がお寺に来たということに意味があるような気がしてきました。

知らないから、わからないから “疑問に思うこと” も、興味がなかったところからスタートしたからこそできること。住職が皆さんにお話しする前の法話を読むのも私の仕事の1つですが、わからない私だからこそ「ここがわからない」と言えると思うのです。

「わからない」も役にたつものです。

今は「ちゃんと」とはさよならして、仏教との付き合い方もお寺の奥さんのあり方も色んなスタイルや距離感があって良いと思うようになりました。

考えてみれば誰ひとり同じ人間なんていないのだから、仕事や性別や立場で人の個性は縛られることはないんですよね。自由でいいんだな。

たまたま仏教徒になって、たまたまお寺に住んで働くことになった私の目や耳に入ったことを感じたり考えたりしながら、今は私なりの方法で仏教とお付き合いしています。

無理に「勉強しなければ。」「好きにならなければ。」と気負っていたときよりも、出会う言葉の1つひとつが腑に落ちて自分なりに考えられるようになったので、私にはぴったりの付き合い方のようです。

お釈迦さまだったら「それもありだよね!」って言ってくれるような気がして、実際に言われた訳ではないけれどお言葉に甘えています。

あ、お釈迦さまには言われたことがないけれど、お檀家さんは「いいのよそれで~。」と言ってくださいます。心強いです。

 

たくさんの方との出会いがあって、たくさんの出来事があって、長い長い時間がかかったけれど、仏教やお寺に囚われなくなってみて初めてやっと仏教との距離が近くなったように感じます。

と、下書きをあたためていたら、浄土宗僧侶でメイクアップアーティストの西村 宏堂さんのことを知りました。

『「美しさ」「平等」…メイクアップと仏教の世界から見えたこと』

どこを読んでも胸に響くけれど、中でも 『「〇〇が当たり前」 という考え方がなくなれば、巡り巡って自分が生きやすくなる』 というところが、今私が大切にしたいこととつながっているなと思いました。

お時間のある方はぜひ読んでみてくださいね。


久保井奈美(大泉寺寺族)
2001年に住職と結婚。
カトリックの高校を卒業後、服飾の専門学校、アルバイト、デザイン事務所を経て、現在は大泉寺でお寺の奥さんをしています。

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