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じぞくのコラム Vol.2 「バトン」

こんにちは、大泉寺寺族の奈美です。

4月8日はお釈迦さまのお誕生日でした。(「天上天下唯我独尊」)

「お釈迦さまが「天上天下唯我独尊」とおっしゃったとされる頃には、すべての命が同じように大切だなんていう考えはありませんでした。そんな時代にお釈迦さまは『すべてのいのちは等しく尊い。』と説かれました。差別が当たり前だった時代にそれまでになかった価値観をたった1人で世に放ったんですよ。それってすごいことだと思いませんか!?」

―――というのは住職がよく熱く語っているエピソードです。

確かに現代社会ではその考え方が行きわたっています。でも、当たり前になっているかといえばそうでもないことが山ほどあるし、私が実践できているかと言えば自信がありません。でも、心がざわつくようなニュースや発言に触れたときに、「1人ひとりのいのちや気持ちが大切にされているかどうか」を基点に心が揺らいでる気がします。

生まれによって差別するのもされるのも当たり前だった時代に、「人のいのちに優劣なんてない」「あなたの命もあなたの命もあなたの命も全て等しく尊い。もちろん私の命も。」なんて聞いた人たちはどんな思いを持ったのでしょうか。

初めてそう考えたとき、お釈迦さまはどんな気持ちだったのでしょうか? 手の届かないスーパーヒーローとしてではなく、どんな人間だっただろうと考えるのが好きです。

辺野古の海

私はカトリックの学校でキリスト教に触れて育ちましたが、学校を卒業してから遠藤周作さんの「イエスの生涯」を読んでイエス・キリストがぐっと身近になりました。本の中のイエス・キリストは神の子としてではなく人間として描かれています。私は奇跡を起こすイエス・キリストよりも、悩み苦しみながら蔑まれていた人に寄り添って、自分の信じるものを貫いた姿に心打たれました。痺れました。

冒頭で述べた住職の「お釈迦さまがそれまでになかった価値観を世に示された」というエピソードは、お寺の奥さんになったものの仏教に馴染みがなく、どこから手をつけたらよいのか…勧められた本を読んでもあまりぴんと来ない…と思っていた私にとって、仏教に興味を持ち始めるきっかけとなったように思います。

天上天下唯我独尊
この世にたった一つしかない私という命、
そのすべての命はどれも同じく尊い。

当時の「当たり前」をひっくり返すようなことを世に明らかにしたお釈迦さまはどんな人物だったんでしょうか。どんなことをしていたでしょうか?今この時代に生きていらしたらどんな風に発信していたでしょうか。

悟っただけでは始まらなかったこと、口に出してみたから始まったこと。

日々の暮らしの中で「これって当たり前じゃないかも」「なんだかおかしい。」って思ったことも、ちょっとだけ勇気を出して、口に出して動き出したら変えていけるんじゃないかと思えてきます。

たった1人の気づきが人々の心を捕らえ、電話もネットもなかった時代から伝わり続けている。先人たちがそうやってバトンを繋いできたから今があるし、私もそんな風にして次の世代にバトンを渡していきたい。

お釈迦さまが教えを説かれたのは2600年も前のことですが、「すべての命は等しく尊い」という教えは、 時間をかけて行きつ戻りつしながら、私たちの中で世代を越えて長い時間をかけながら深まってきているのではないかと思います。

 

と書いたところで星野源さんが書かれた『いのちの車窓から』(KADOKAWA、2017年)という本の中の『電波とクリスマス』という文章を思い出しました。

風呂なしアパートの6畳一間の部屋で小さな音で作った曲を、初めて立った横浜アリーナの広大なステージで歌った時のこと。
『あの頃、寝静まり、音もしない街で自分の無能さに押しつぶされそうになり、眠れず、意味もなく片目から涙を流し、息苦しくなって掛け布団をゆっくりとはぎ取り身を起こし、傍らにあったギターで真っ暗な中歌を作った、あの瞬間。それが今、歌っているこの瞬間と繋がった。こんなことがあるのかと思った。
あの時「誰かに伝われ」と心から飛ばした電波は、幻想でも、ナルシスティックな妄想でもなかった。何年もかけてゆっくりゆっくり飛んでいき、ここにいる大勢の人たちの元に届き、受信されていたのだ。無駄なものだと思っていたあの想いは、ここにちゃんと繋がっていたのだ 。』


久保井奈美(大泉寺寺族)
2001年に住職と結婚。
カトリックの高校を卒業後、服飾の専門学校、アルバイト、デザイン事務所を経て、現在は大泉寺でお寺の奥さんをしています。

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