東日本大震災被災物故者13回忌供養会 と「ここから~東日本大震災から10年~」 特別上映会レポート
東日本大震災被災物故者13回忌供養会
ならびに
「ここから~東日本大震災から10年~」
特別上映会レポート
令和5(2023)年3月11日(土)
東京では暖かい日差しに春を感じた3月11日。東日本大震災から12年が経過し、あの震災で亡くられた方々にとっては13回忌の節目を迎えました。
この12年の間、大泉寺では檀信徒の皆さんと共に現地でのボランティア活動、募金活動などを続けてきました。特に宮城県・西蔵寺さまで行われる震災物故者の合同供養会において、ご詠歌講の皆さんを中心に手弁当で、ご詠歌のお唱えや法要のお手伝いなどをさせていただくことは毎年恒例の行事となっていました。しかし、ここ数年は感染症の蔓延から現地に赴くことが難しく、「今年はなんとか被災地への思いを形にできないものか」と考えて東京から被災地へ、思いだけでも届けられればと供養会をお勤めしました。
曹洞宗では例年3月11日の地震発生時刻である14時46分に合わせて、各寺院でも銘鐘することとしています。大泉寺でも、これにならい銘鐘と追悼・復興祈願の法要を欠かさず勤めてきましたが、本年は13回忌ということもあり、多くの方にお声掛けをして、この法要を勤めました。
その法要に先立って、曹洞宗作製の映像教材作品「ここから~東日本大震災から10年~」の上映をいたしました。
この映像は曹洞宗の本年度の研修教材として作成されたもので、大泉寺の住職も有識者の一人として作成に関わらせていただき、「取材テーマの提案」や「シナリオ作成での意見交換」などをお手伝いしました。その内容は、被災地の方々からは被災地の「今・ここ」、つまり被災された方にとっては被災の現場で「今、何ができるか(しているか)」を言葉にしていただいたものです。また、その思いに触れた「私たち」、つまり私たちにとっては東京から、八王子から、「自分の住んでいる場所」から、「今、何ができるか」を問うものとなっています。さらにこの日は住職から作成にあたっての思いや作成プロジェクトに関わって学んだこと、気が付かされたこと、などもお話させていただきました。ご参加いただいた皆さんには、映像や住職の話をとおして、被災して亡くなられた方々への追悼と、被災地の「今」の課題に対して思いを巡らし、復興に向けた未来への思いを馳せていただきました。
そして、それぞれがその巡らせた思いを胸に、14時46分に合わせて追悼と復興祈願の鐘を打ち、ご供養のお焼香をしてくださいました。思っていた以上に多くの方にご参集をいただき、心から有難く、また昨今は被災地への関心が薄れている感じる東京の地で、まだまだ多くの方が被災地への思いを忘れてないで、関心を向けてくださっているのだと感じることが出来ました。
画像:大泉寺本堂にて銘鐘する住職
私自身もこの12年間を振り返ってみれば、支援のボランティア活動に何十回と伺わせていただきましたが、そのたびに「支援するぞ」と意気込んで被災地に足を運んでも、実際には、逆に学ばせていただく、教えていただくことの方が多かったように思っています。
私が何度も足を運んだ被災の現場では、まさに「生き死に」を目の前に突き付けられた人たちがたくさんいました。その「生き死に」の現場で、被災された方々一人ひとりが其々に、その現実を如何に受け止めるべきかと苦悩し、葛藤されていました。ある人は近しいものの「死」と向かい合いながら、ある人は人間の煩悩という本能に翻弄されて傷つきながら、己が「生きていく」うえでの様々な障壁に絶望しながらも、時には亡き者と共に、時にはそこに生きるもの同士で、人と人との「つながり」や「ぬくもり」に僅かな希望を見出しながら生きていかれている姿に、私自身も何度も「自身の生き方」を問い直すことになりました。
映像教材のエンディングに「君が愛した故郷(ふるさと)」という曲が流れます。宮城県の渋谷修治さんが作り、歌われていた歌です。変わり果てた土地、変わり果てた風景を見ても、原発事故の放射能に汚染されても、被災地の多くの方が「それでも、ここが私の『ふるさと』だ」とおっしゃっていました。この「ふるさと」という言葉が意味するのは「見た目の環境や風景」だけでなく、人と人との関係性、「つながり」のことをおっしゃっているんだということも被災地に足を運ぶ中で気が付かされたことです。それを如何に守るか?、これは被災地だけの課題ではなく、私たちの「今」の課題でもあります。
「忘れない」というフレーズは東日本大震災が語られる場面でよく使われます。でも、被災当事者にとっては「嫌なこと、辛かったことは忘れたい」と思う人も沢山いるでしょう。「忘れること」も必要だとする意見もあります。でも、この「忘れない」と「忘れたい」は実は同じなんじゃないかと私は思います。「忘れたい」と願う被災地の人たち、これはあくまで当事者だけが言えることであり、周囲が「忘れるな」とか「忘れろ」ということではありません。そして「忘れたい」と願う人たちも決して「忘れている」わけではなく「忘れられない」からこそ「忘れたい」と願うのだろうと思うのです。
画像:「ここから」が写されたスクリーンを前にする参加者の皆さん
「忘れること」は「無関心」にも繋がります。「もし、自分の住む地域を災害が襲ったら」という当事者として意識を常に持ちながら、被災地の現実に「関心」を向けることは大切なことだと思います。そして「平時と非常時は表裏一体」です。私が震災をとおして学んだことを、私自身の「いのち」を生かすためにも、これからも「忘れない」ようにするのです。
大泉寺住職 久保井賢丈